井上論文と呼ばれる論文があります。
自転車のホイール組みについて論じられた論文で現在は秘伝的な扱いを受けており、一般的には”既に読むことが出来ない”とされている論文です。
井上論文というのは通称であり、井上重則さんという方の書いた自転車のホイールに関しての論文を纏めて指し示した呼び方のようです。
恥ずかしながら、僕は今まで井上論文というものに関しては知っていたものの、それにアクセスしてみようという気があまりありませんでした。先日、自転車について非常に造詣の深い方とお話する機会があり、その時に「論文って形で公開されたものなんだから、然るべき探し方をすれば簡単に見つかるんですよ。非常に面白い論文であり、自転車を論理的に考察している藤原さんが読んだことが無いなんてむしろ驚きました。あれを読まずに語っても擬似科学ですよ。エビデンスに乏しすぎる。」と言われ、本腰を入れて探してみることにしました。
真面目に探し始めたら、あっという間に見つかりました。むしろ、今まで何故探してみようと思わなかったのか、自分を責めるレベルです。雑誌(専門誌)に掲載された論文なので、大学等でよく利用する論文検索用のデータベースで見つかります。
自分が入手することが出来たのは、1985年、1986年、2001年に書かれた三本の論文です。その結論にはあえて触れず、どういった実験や考察がなされているかということを紹介したいと思います。
こういった微妙な紹介方法を取るのは、この論文が及ぼす影響の大きさを考えてのことです。僕が結果を紹介するのは非常に簡単なことです。しかし、その結果を表面的に捉え、それを触れ回り、間違った情報が世間に流布することを嫌ってのことです。
読みたいと思ったのならば、探してください。意外と身近なトコロにあるものです。
まず、1985年の論文から紹介していきましょう。この論文では、ハブの横幅とホイールのオフセット量に関しての議論が成されています。横幅を変えたハブを数種類用意し、その横幅の違いがホイールの寿命に与える違いを議論しています。オフセット量に関してもその変形量や結果的に求められるホイール寿命を議論しています。寿命の議論の際には、5種類の試験方法を用い、データを安定化させるための工夫が見て取れます。
1986年の論文では、スポークの組み方によってホイールの寿命が変わるか否か。という議論が成されています。組み方を変えた14種類のホイールを用意し、3種類の試験を行い、スポークの変形量やホイールの寿命を議論しています。この論文の話は色々なトコロで聞くため、一番有名な論文だと言っても過言では無いのかもしれません。
面白いことに、1985年1986年の論文いずれにも共通してスポークの通し方についての記述が見られ、個人的には非常に興味深い結果が記載されていました。この辺りのデータに関しては、僕が入手出来なかった年の論文に書かれているようで、近いうちに入手したいと思っています。
2001年の論文では一転して、寿命では無く、ホイールの駆動トルクに対しての挙動が纏められています。熟練した競技者が発生する最大パワーの2倍ものパワーをホイールにかけ、ホイールに発生する歪みを様々な側面から測定しています。
1985年、1986年の論文が車輪の寿命を第一に考えた内容であったのとは違い、2001年の論文はホイール剛性の議論をメインにしているということが大きな違いでしょうか。視点が変わった為、1985年、1986年の論文で否定されていた工作が見直されているのが「なるほどなー」と思わされる部分でした。
ちなみに、井上重則さんという方は既に亡くなっておられるようです。こういった論文形式の文章は2002年を最後に、エッセーだと推察されるものは2005年を最後に井上重則さんの著作は確認出来ません。故井上重則氏と表記させて頂くのが適切かもしれません。
2010年に引退した東京都所属の競輪選手がいらっしゃいますが、この方は同姓同名の井上重則さんのようです。
日本には古くから競輪競争というものがあり、その関係上他国と比べても遜色ない量の自転車関連論文が書かれているそうです。そういった論文は無数に存在し、見過ごされてきているものも沢山あるはずです。
僕が井上論文を知らなかったことを叱責してくださった方は「将来的にこういった有益な情報がもっと一般に流通し、より良い製品が生み出されることが私の願いです。利益の為だと言って、一部の人間が情報を秘匿していても発展は望めません。向上心溢れる人間の間で、こういった情報を共有し、より良い製品を考案することが出来るような研究グループを作れたら楽しいですね。」と仰っていました。
論文に目を通して思ったのは、これはスタート地点に過ぎないということです。この論文の内容を如何に消化し、実践していくか。それが出来るホイールビルダーは事実非常に強いです。
探究心と向上心を持つ、自転車を愛する人達がこの論文に出会えることを信じています。
コメントがゼロというのも悲しいので書き込ませてもらいます。
返信削除大阪のkazと申します。
井上さんとは公私ともに交流があって、連絡が付かなくなったことで亡くなられたと知りましたが、まだ60代で早すぎで残念としか言えません。数年前にシクロジャンブルでお会いしたのが最後でした。
で、論文ですが、技研ニュース(自転車産業振興協会発行)に掲載されていた分と、その他井上氏に直接戴いたコピーは読んで勉強した物です。前職でのホイール開発でとにかくスポークホイールについて勉強しました。
資料は未整理のまま部屋のどこかに埋まっているので、今更読みたいと思っていたところです、最近の完組ホイールとの違いなど考察したい所です。
論文資料を持っている人は年長で紙資料がほとんどなので、ネットで探すのは限界があるでしょう。
技研HPのhttp://www.jbtc.or.jp/ 技術情報DBが閲覧できなくなっているのが残念です。
堺の技研に頼めば技研ニュースが閲覧できるかもです。
kazさんコメントありがとうございます。
削除ホイール開発を行われていた方なんですね。
井上さんと公私共に交流があったとのこと、非常に羨ましく思います。彼はこの論文をどのように位置づけていたのか、非常に興味があります。
技研ニュースに掲載されているので僕もそこから当たりました。
そうなんですよね。紙資料なので、電子化されて広まると面白いんだろうな…と思いつつ、本当に読みたいと願っている人は自力で探しているのも現実のようなので今の状況で良いんだろうな…と思っております。