量も大事だけど、質をないがしろにしてはいけないと思うのです。
だらだらと書いてきた写真に関する投稿ですが、今回が最後の記事になります。
ここまでの4本の記事で
・良い写真を見ること(インプットの重要性)
・伝えたい主題を決め、それのみを写すこと(ポイントを絞った簡潔なコミュニケーションを心がける+写真を視る層に合わせた主題選びをすること)
・主題を大切にした構図を作ること(明確な意図を持って構図を作り、視線を誘導すること)
・主題を引き立たせるという意味では日の丸構図は最強(テンプレートを嫌わず、積極的に使っていくべき)
・主題を食う装飾要素はNG(主題だけで成立する写真を撮る意識を持ち、前ボケは一回辞めてみる)
・レンズ焦点距離と構図を関連づけて考えること(恐れること無くパターン化していくこと)
・手を抜かないこと(撮影段階ではズームに頼らず動いてポイントを探し、現像でも様々な検討をし、1枚ずつのクオリティが高くなるように最後まで考え続けろ)
・水平/垂直を取ること(水平/垂直の取れてない写真はゴミ以下です)
という8点を書いてきました。
*このモノクロシリーズ、構想から編集まで3年くらいかかっています
僕がスポーツ写真を撮っていた時の話ですが、1日2~3万枚撮り、終了後24時間以内にデータを提出していました。この時に気がついたのは、現像が大変なのは腕が無いからだということでした。
撮影技術が上がってこれば、現像の手間が省けます。その技術はカメラを使いこなすことで手に入りますし、当然撮影者本人のフレームワークが上手ければトリミングの手間も省けてきます。上手くなる為に手間を惜しまなければ、技術が上がり更に楽になります。楽になったら更にクオリティが高い写真を出すことが出来ます。延々とその繰り返しを行っていくわけです。
良いカメラと良いレンズを持ってウロウロしながら適当な写真を撮って、何でもいいから適当にアップロードするだけでも選手は嬉しい。無料で撮りに来てくれるからチヤホヤしてもらえるだけで、写真を評価されているわけでは無いというのは本当に悲しいことではないでしょうか。企業に頼まれて撮るのであれば、どんどん前に出ていって誰も撮れないような写真を撮るべきなのに、隅っこから適当に望遠で撮ったような誰でも撮れる写真を出すなよと。
まぁそんなこんなで上手いカメラマンが流入するような環境を作れない自転車競技にも一因がありますが、最後は個人の向上心の問題です。
結局のところ、手間を惜しまないかというのが大きな差異を生み出すというのが1つの結論になってきます。
昔、小説の書き方講座を開いている人が、1冊写してこいと言っても誰も写してこないという話を投稿していた記憶がありますが、正にそれと同じことが起きているのが現状だと思います。インプットの手間を惜しみ、撮影の手間を惜しみ、コミュニケーションを取る手間を惜しんだ写真に価値があるのか、そこを再度考えると写真の方向性は見えてくるのではないかと思っています。
本当にこの内容を伝えたい人には絶対にこの記事は届かないんだろう…ということもわかってはいるものの、溜まっていたモヤモヤをこのような形で記事にしてみました。
(終わり)
【追記】
"ピントを合わせること。"
"ピントを合わせること。"
"シャッタースピードを適切にえらぶこと。"
は流石に書いてないけど、そこも書いたほうが良かったのかもしれない…(白目
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